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頂きました、改定版!

「風と花びら~妖怪奇譚~」の大和さんに、前回頂いた3鬼猫小説「Sleeping Beauty」の、
改定版を頂きました!
基本は同じストーリーですが、一部をよりおいしくしてくださいました。




・・・多分私がギャーギャー言ったせいorz

以下スミマセン、私信です。公の場で叫ばせてください。

<私信>
でも本当にどちらとも、どちらとも好きですから―――!!
つけたしがある前の状態も、鬼猫要素は減るけれど間違いなくヘタレで照れてばかりというのがより戸田君っぽくて、逆に妄想の余地があるところが好きです!!今となってはレアですし・・・。
頂いた改訂版はもちろん鬼猫!鬼猫要素!
途中まで何事も無く(数回読んでるわけですから)順調に読み続け、いきなり噴きました。
拭った・・・!(おおお!)ありがとうございます。戸田君いいこだなあ・・・(失礼な)
ありがとうございましたー!!!
<私信>








「Sleeping Beauty」       (3期鬼猫)


 「ユメコちゃんっ!」
 妖(あやかし)の鋭い爪が天童ユメコを襲う。驚き、竦み上がったユメコの身体を赤い影が庇うように覆った。赤い影――猫娘の腕の中にきつく包まれたユメコの目は、猫娘の肩越しに妖の爪の閃光が振り下ろされる様を、見た。
 「うわぁああっ!」
 「猫娘さん!」
 ユメコを庇った猫娘の身体が強張り、のけぞる。ユメコを包む腕にも余分な力が加わり、硬直した。激痛が走る。自身の絶叫に息が詰まる。しかし、猫娘はユメコを決して離さなかった。
 「ユメコちゃん! 猫娘!!」
 別の妖を相手にしていた鬼太郎が、少女たちの異変に視線を送る。ユメコを守る猫娘の背中に走る赤が鬼太郎の目に飛び込む。少女たちを獲物と捉えた妖は、更に無抵抗なふたりに襲いかかろうと爪を伸ばした。
 「くそっ」
 鬼太郎は今自分が相手をしている妖の片目に髪の毛針を掃射し、鳩尾を力任せに蹴り飛ばした。妖が髪の毛針の刺さった目を押さえてもんどり打って倒れる。鬼太郎はそのままにもう一体の妖と少女たちの間に素早く割り込んで、問答無用にオカリナソードを横薙ぎにした。妖の両腕が切り落とされる。鬼太郎の動きはなおも止まらず、勢いのままオカリナソードを脳天から真っ直ぐに振り下ろした。
 どう。という音と共に両断された妖の身体は地面に崩れ、ついで、はじけるように燃え上がった。赤い炎が鬼太郎を照らし、火色に全身が染まる。鬼太郎は険しい表情のまま炎を見ていたが、残された妖の仲間がいつの間にか逃げ去ったのを確認して、漸く表情を崩した。
 「ふう」
 取り合えずの脅威が去った事に、鬼太郎は安堵の溜息を吐いた。
 
 
 「猫娘さんっ!」


 オカリナソードを収納したその時、背後のユメコの悲痛な声が突き刺さった。
 振り向くと、そこには。


 「……猫娘……」


 鬼太郎の声が、上擦る。
 猫娘はユメコの腕の中、ぐったりと荒い息を繰り返していた。その背中の肩から斜めに走る大きな傷からは、止まる事無く赤い血が流れ。
 「猫娘っ!」
 鬼太郎は我を忘れて彼女の身体を自分の方へ引き寄せた。うつ伏せでユメコに抱きかかえられていた猫娘は鬼太郎の腕の中で正面を向いた。
 血の気を失った猫娘の白い顔が、鬼太郎に倒された妖の炎の照返しに浮きあがっていた。




 猫娘は妖怪アパートの一室に収容された。
 全身血にまみれた鬼太郎が、自身のちゃんちゃんこで取り合えずの応急処置らしきものを試みたのであろう猫娘を横抱きしながら、妖怪アパートに来た。砂かけ婆は何が起きたのかと訊ねる前にてきぱきと鬼太郎やアパートの住人たちに指示を与え、迅速に猫娘の背部の治療に取りかかった。
 布団の上に猫娘をうつ伏せで寝かせ、砂かけ婆は鬼太郎のちゃんちゃんこを剥ぎ取り、朱に染まって重く濡れた彼女の服を迷う事無くハサミで切り裂いた。肩口から剥がされた服は投げ捨てられ、床に赤い染みが滲んだ。猫娘の傷は腰骨まで達していた。なめらかで細い裸体があられも無く晒される。
 鬼太郎は息を呑んだ。
 猫娘の均整のとれた美しい背中に走る、禍々しい傷。えぐり取られた肩の肉が血色にぬめり、痛々しい。骨が見えそうな程の深い傷に、鬼太郎と共に心配で傍に居たユメコが口を押さえた。
 「ユメコちゃんは、もう帰った方がええ」
 猫娘の容態を聴きつけてやって来た目玉親父に、ユメコが促される。ユメコは蒼い顔のまま、
 「でも……」
 と、呟く。ユメコの優しい気持ちが分からない訳ではないが、しかし、目玉親父は首を横に振った。
 「後は、わし等に任せてもらえんかの。なぁに、猫娘とてわし等妖怪の端くれじゃ。これ位の傷でどうにかなってしまう事は無い」
 「そう、よ……、ユメコちゃん」
 その時、弱々しいながらもはっきりとした意思のある声が、した。ユメコも、そして鬼太郎も声のした方を見た。
 砂かけ婆に傷を消毒され、手際よく処置を施された猫娘が、うつ伏せ寝のまま心配そうなユメコに語りかけたのだ。背中に何枚ものガーゼが乗り、テープが貼られた無残な姿であったが、その顔だけは笑っていた。笑おうと努力していた。
 「猫娘さん」
 「猫娘……」
 ユメコと鬼太郎は猫娘の枕頭に近寄り、彼女の白い顔を見つめた。ユメコは力の無い猫娘の手を取った。猫娘が痛そうに顔を歪めた為、ユメコは猫娘の手を下ろした。
 「大丈夫だから。これ位へっちゃらよ。あたし、体力だけは負けないもん」
 こんな時によくそんな軽口が言えるものだ。鬼太郎はそう思ったが、どこか安心した。
 「無茶はしないでくれよ、猫娘」
 「うん。そうだね。ごめんね、鬼太郎」
 無茶をするなと鬼太郎は言うが、あそこで自分が飛び出さなければユメコがあの攻撃に当たって、死んでいた。確実に。猫娘はそれを鬼太郎に告げる事をせず、只、謝った。言ったら……きっと鬼太郎は自分自身を責める。守れない自分を責める。鬼太郎はそういう男の子だ。猫娘はおどけたようにペロッと可愛らしく舌を出し。そして、ユメコを見た。
 「ユメコちゃん――恐い思いさせて、ごめんね」
 「猫娘、さん」
 耐えられないと言わんばかりのユメコは、目頭を押さえてその場を離れた。ユメコが静かに部屋から出ていったのを見て、猫娘は鬼太郎に言った。
 「鬼太郎……ちゃんと送って行ってやらなきゃ」
 「猫……」
 「ユメコちゃん、慰めてやんなよ。ユメコちゃん、自分を責めそうだから。そんな事無いって、ちゃんと言ってやって、ね?」
 こんな時にも気を遣うのか。猫娘の心は呆れる程おせっかいだ。
 おせっかいで――何故か突き放されたような気が、した。


 「あたしなんかより、ユメコちゃんの方が大事だよ」
 「猫娘っ!」


 鬼太郎が声を高くして制した。猫娘が驚いたように瞠目した。何故怒るのかが分からない、そんな顔をしていた。
 そんな事を言うんじゃないと、そんな風に考えた事は無いと、鬼太郎は激しく詰め寄りたかった。しかし……。
 鬼太郎は膝の上に置いた自分の拳をぎゅっと強く握った後、膝を上げ、立ち上がった。
 「後でまた来るから」
 それだけを言って、鬼太郎は部屋を出た。



 ゲゲゲの森を一人心細く歩くユメコに鬼太郎が追いついた時、ユメコは静かに泣いていた。彼女もまた、猫娘の身を案じているんだ――鬼太郎にはそれがよく伝わり、ユメコの優しさに感謝もした。
 「ユメコちゃん、送るよ」
 鬼太郎はそう言い、隣を歩いた。
 森に流れる風は冷たく、鬼太郎とユメコにも会話が無い。ユメコが時々洟(はな)をすんとすする音が聞こえるのみで、暗く重い空気が取り巻いていた。
 無音のまま、やがてゲゲゲの森の出口へとさしかかった。
 「鬼太郎さん、ここでいいわ」
 ユメコがそう言った。
 「どうして? 家まで送るよ」
 「ね、鬼太郎さん――その姿のまま人間界へ出るのはやっぱり可笑しいわ」
 ユメコが苦笑のようなものを浮かべながら鬼太郎の姿を示す。鬼太郎の姿――猫娘の血で染まったその全身を、もう、見たくなかった。
 鬼太郎にも、それが伝わる。
 「あ。ごめん。気付かなくて」
 ――こういう所、だ。
 自分たち人間と鬼太郎たち妖怪の感性の違いが、まざまざと見せつけられるのは。
 「私ね、鬼太郎さん」
 ユメコは言った。「いつもみんなの戦ってる姿を見てきたわ。一緒に戦っているような気持で、私も仲間なんだって思いながら。でも、今日、猫娘さんが目の前で大怪我をした時……私の腕の中で血を流してぐったりした猫娘さんを見た時……初めてどうしようもなく恐怖を感じたの」
 泣きはらした赤い目のユメコは、まるで兎のようだ。
 ユメコは、続けてはっきり言った。


 「私が“恐い”って思って尻込んでいるのに、猫娘さんは“ごめんね”って私に謝った。それって、もう、どうしようもなく違う次元の話に見えて――私には立ち入れない世界に見えて、壁のようなものを感じたのよ。違うんだって、思っちゃったのよ」


 風が吹き抜けた。
 ユメコの泣きそうな顔が自身の長い黒髪に隠された。鬼太郎の隻眼も風になぶられ、視界が暗くなる。
 風が治まった時、ユメコの表情は違っていた。先程の泣きそうな顔は見間違いかと思われる程、いつもの明るく薔薇のような笑みを湛えていた。
 「先刻(さっき)のは気にしないで! また遊びに来るわ。猫娘さんの容態も気になるから。今度はお見舞いの品を持ってくる! ――じゃ、ね」
 そう明るい声で言い放ったユメコは、鬼太郎に笑顔を振りまきながら、一人身軽にゲゲゲの森を後にした。



 無理をしているような笑みのユメコが、己と鬼太郎の違いを指摘してきたユメコが、今までのユメコとは違い遠く感じた事に、鬼太郎自身驚いた。
 壁を感じた、と、ユメコが言った。
 誰も彼も心に壁を作っている。鬼太郎には、壁が感じられていた。ユメコから。そして、猫娘からも。
 誰もが手を取り合って――それこそ壁等取り払った状態で仲良く穏やかに暮らせる世界。それが鬼太郎の切なる望みであり、その為に戦っている筈だった。
 ユメコも、そして猫娘も鬼太郎のその夢に賛同し、協力してくれている筈、だった。のに、今ここにある虚しさ、空漠とした感情は何なのだろう。
 「――くそっ」
 鬼太郎は踵を返した。自分の姿を見れば猫娘の血に染められている。猫娘の血。これがたとえ傷を負ったが為の血であっても“彼女”には違いない。只、彼女の心だけがここには無い。
 壁が、大きい。
 鬼太郎は振り仰ぎ、森の木々が作る日光の乱反射に目を細めた。



 鬼太郎が妖怪アパートに戻って来た。庭で砂かけ婆が汚れたちゃんちゃんこを洗い、干している姿を見かけた。
 「お婆、猫娘は?」
 鬼太郎は真っ先に猫娘の容態を砂かけ婆に訊ねた。砂かけ婆はちゃんちゃんこの両端をつまんで形を直しながら鬼太郎を見た。
 「よう寝とる。お前さんたちがいなくなった後から、またあの子は気を失ったように眠ってしまっての。今は親父殿と子泣きが看ておる」
 砂かけ婆は決して鬼太郎を責めている訳ではない。娘のように可愛がっている少女の身を案じての台詞であった。しかし、鬼太郎はそれでも自分を責めた。
 「鬼太郎。取り合えずその服も脱げ。新しい替えを用意してみたぞ」
 砂かけ婆が優しい心遣いを見せた。砂かけ婆の手には同じ形の学童服があった。鬼太郎はそれを受け取ると、歯を食いしばるような何かを耐えている表情を浮かべながらアパートの中に入っていった。
 玄関先で着替え、猫娘が眠る部屋に入ると、胸が潰れるような感覚が鬼太郎にのしかかった。正面の布団の上で背を上にして眠る猫娘。布団が胸の辺りまで掛かっているが、覗かれる肩の白さと細さが鬼太郎の目に飛び込んでくる。肩の傷を保護するガーゼに滲む血まではっきり分かる。
 「鬼太郎や、そこに突っ立っておらんとこっちへ来い」
 父にそう言われるまで、鬼太郎は自分が木偶人形のように只突っ立っているだけであった事も気付けなかった。鬼太郎は漸く呼吸が出来たように大きく深呼吸をして、重い足を動かした。
 子泣き爺が鬼太郎の為に席を譲る。鬼太郎は子泣き爺に代わって猫娘の枕元に座った。
 「よく眠っておる。お婆の治療が的確だったんじゃろう。呼吸も健やかじゃ。なぁに、じきに良くなるて」
 鬼太郎を励ますように、子泣き爺は明るい声で話しかけた。
 鬼太郎は頷きながらも、目は眠る猫娘から離さなかった。
 目玉親父と子泣き爺は顔を見合わせた。そして、互いの意を察したように目玉親父は子泣き爺の肩に乗り、子泣き爺は音も立てず、鬼太郎と猫娘をふたりきりにしてあげる為に部屋を出た。
 戸の閉まる音が小さく聞こえた。
 鬼太郎は、はぁ、と、深く溜息を吐いた。猫娘の生気の欠いた顔を見る。呼吸は静かに安定しているが、只それだけのようだと鬼太郎は思う。血の気の無いかさついた生肌、青紫に染まる唇、未だ開かれる事の無い瞼。意外に睫毛が長いんだな、と、何気に思って――誰も傍にいないという事に後押しされるように指を伸ばしてみても、ぴくりとも反応しない。深い深い眠り姫のままの猫娘が居る。只、それだけ。


 「――ごめんよ」


 鬼太郎は弱々しく呟いた。布団の中に隠れた猫娘の手をそっと取る。猫娘が痛みに覚醒(おき)ればいいと思いながら手に触れても、猫娘は眠ったまま。
 「猫娘、ごめん。あの時、僕がもっと手早くあいつらを退治していれば、君にこんな傷を負わせるような真似は絶対にさせなかったのに……」
 ごめん、としか言えない。謝るしか、出来ない。過ぎてしまったあやまちに、鬼太郎は許しを乞う罪人のように猫娘の手を両手で包むように持ち、額を付けた。
 自分の妖気を分け与えるという行為を、この時思い付いた。


 鬼太郎は猫娘の顔を見た。目の覚めない彼女の顔を見た。その顔に血の色が戻り、いつもの快活な笑顔が浮かぶ事を望み、祈った。


 口移しに直接妖気を送り込む事も一瞬頭をかすめた。しかし、こんな状態の猫娘であっても鬼太郎自身が恥ずかしさに耐えられるとは思えない。妖気はそんな形でなくても分け与える事は可能だ。鬼太郎は猫娘の手を包む己の両手に、力を込めた。
 手当て、とは手を当てる事。手から流れる己の気を相手に伝えて、活力を与える事。鬼太郎は目を閉じ、強く念(おも)った。妖気よ、彼女に流れ込めと。
 鬼太郎の手が、仄かに光る。あたたかくてやわらかな光は猫娘の陶器のような白く冷たい手に伝わり、彼女の中(うち)に流れ込んだ。どれだけ猫娘に己の妖気を与えれば彼女の顔に朱が戻るのか、鬼太郎には分からない。分からないがどうしてもやり遂げたかった。「猫娘」と、大切な幼馴染の名を口の中で繰り返し呟きながら、鬼太郎はひたすら妖気を注入した。
 一瞬が永遠、永遠が一瞬になる、そんな相対時間の感覚が狂う程、鬼太郎は無心になっていた。やがて――猫娘に変化が出てきた。
 ぴくり、と、鬼太郎が掴んでいる猫娘の指が跳ねるように動いた。鬼太郎は目を開けて猫娘を見た。猫娘の生気の無かった頬に赤味が浮かんできたのだ。
 今まで思い悩んでいた“壁”の存在が、猫娘がこうして活力を取り戻しつつあるというその一事だけで、悩みそのものが有耶無耶の内に消え去った。単純である。猫娘が元気になってくれる事だけを考えていたのだから。
 「猫娘……良かった」
 鬼太郎は心からそう言い、不覚にも涙が浮かんだ。涙を拭うと、鬼太郎は猫娘のさららな黒髪を優しく撫でた。
 猫娘がいてくれるというのが、自分にとってどれだけ大切な現実なのだろう。
 何事にも一生懸命で、コロコロと感情の変わる幼馴染。一緒に居て楽しい気持ちになれる、大事な幼馴染。
 おびただしい血に染まる姿。名を呼んでも応えてくれない唇。動かない身体を掻き抱いた時に感じた彼女の重みは、今も腕に残っている。
 もう、あんな気持ちになるのはごめんだった。
 あんな風に、自分の前から儚く消えてしまいそうになる猫娘を見るのは、ごめんだった。
 彼女を失わない為ならば、己の妖気を分け与える位、吝かでは無い。
 「ううっ……」
 鬼太郎の指が猫娘の頬の線に触れた時、猫娘が微かに顔を歪めた。鬼太郎の手が驚いて離れた。
 暫くすると、猫娘の寝苦しそうな顔はゆっくりもとの安心した寝顔に戻っていった。
 「――ははっ」
 鬼太郎は小さく笑い声を出した。
 静かに眠らせてあげようか。鬼太郎はそう思って席を立った。
 鬼太郎のその顔は、先の猫娘が無理に笑って鬼太郎を立たせた時に浮かべていた苦渋の表情とは違い、ゆるく、安心しきったものであった。




 猫娘はもう大丈夫だという安心感から鬼太郎の足は軽かった。明日になれば猫娘はきっと覚醒していつもの笑顔で自分を迎えてくれるだろう。鬼太郎はそう思うだけで気分が良かった。
 ユメコちゃんも安心するだろうとも、思った。
 妖怪アパートの階段を降り、鬼太郎は玄関に向かった。
 「おい、鬼太郎。どこへ行くのじゃ?」
 下の階で子泣き爺と将棋を指していた目玉親父が軽い足取りの鬼太郎に気付いた。鬼太郎は落ち着いた顔で父に答えた。
 「猫娘は大丈夫です。僕、ちょっと外の空気を吸ってきます」
 そう言うと、鬼太郎は玄関から表に出た。
 風が吹いた。
 玄関から出た鬼太郎の髪を、風が心地好く触れて去った。冷たく感じていた風が、今は気持ちがいい。同じ風である筈なのに、どうしてこんなに捉え方が違うのだろうか。鬼太郎はそんな己の不思議さに可笑しみを感じた。
 アパートの庭にはちゃんちゃんこの他に学童服まで干されている。どちらも、既に哀しい気分にさせる血の色は付いていない。洗濯物は、揺れていた。
 目を閉じて、心をアパートの部屋の中で眠っている猫娘に重ねた。彼女の妖気を、確かめるように手繰り寄せた。安定した彼女の妖気がアンテナ越しに――心の中に流れ込んだ。
 目を開くと、鮮やかな森の色と空の色が飛び込んできた。どこまでも高く澄んだ蒼が、鬼太郎の隻眼に光を灯す。蒼い光に誘われるように、少し散歩でもして来ようと鬼太郎は考え、アパートから離れた。
 森にある秋の気配に、鬼太郎はよく猫娘と連れ立ってキノコ狩りや栗拾い、秋の味覚狩りに出かけた事を思い出していた。彼女が元気になったら、また一緒に行ったっていい。猫娘は喜んでくれるだろうか。
 そんな事を思いながら自然に頬が緩んでしまった鬼太郎の妖怪アンテナが、だしぬけにピン、と、立った。鬼太郎の表情が一変する。鋭く辺りを見回し、静かに意識を集中した。
 やがて前方に黒い霧が出現した。妖気はそこから流れてくる。知っているものだ。鬼太郎の隻眼がつっと細くなった。
 黒い霧が凝縮されたように一点に集まる。おぼろげに片目が潰された妖の顔らしきものが浮かんできた。
 「我が同朋と我が片目……よくぞ葬ってくれたよなぁ……!」
 恨みの籠った地を這う低い声が、黒い霧から聞こえてきた。やはり先刻(さっき)の――さっさと尻尾を巻いて逃げ去ったあの片割れの妖か。鬼太郎は冷やかに、見下すように、黒い霧を見た。
 報復と言うのなら、仕返しと言うのなら――何故あの時にかかって来ない。鬼太郎には妖の恨み節が単なる負け犬の遠吠えにしか聞こえない。


 猫娘に傷を負わせた奴の片割れ。こいつらが人間を襲う事件を巻き起こさなければ――彼女は余計な痛みに苦しまなくて済んだんだ!

 「――丁度いい。ムシャクシャしてたんだ」

 鬼太郎が普段あまり見せる事の無い、翳(かげ)のある笑みを浮かべた。




 「う……ん」
 猫娘の睫毛が震えた。
 鬼太郎が外に出た後に入れ替わるように猫娘の様子を見にきた目玉親父、砂かけ婆、子泣き爺、シーサーたちは、穏やかな呼吸で眠る猫娘の頬に赤味が戻り、消え入りそうな程弱々しかった妖気が復活している事を知った。
 鬼太郎が猫娘に何らかの処置を施したのであろうと分かる。恐らく、自身の妖気を送り込んだのであろう事も、目玉親父には分かった。
 そう理解した矢先に、猫娘が覚醒したのだ。
 彼女は重い瞼をゆっくり開き、まだ焦点が定まらない目で以って心配そうに見ている目玉親父たちを捉えた。
 「おお。目が覚めたか」
 砂かけ婆が安堵の声を出した。着物の袂を口に当て、嬉しそうに半円を描くお婆の目にうっすらと涙があった。子泣き爺も肩を震わせて腕で目を覆い、目玉親父もその膝の上で何度も頷いて喜びを表し、シーサーもわんわんと泣いていた。
 

 猫娘は目だけを動かして――彼を捜した。
 少し前まで、全身で感じていた彼――鬼太郎。


 「ね。鬼太郎は?」
 猫娘は訊ねた。
 「お前という奴は、目が覚めたらすぐ鬼太郎か」
 傍に居るわし等ではなく。と、呆れたような苦笑を浮かべながら、砂かけ婆が言う。
 「――ごめん。みんな、心配してくれて有難う」
 猫娘は謝り、身体を起こそうとした。しかし、目を覚ませたとしても深い傷が癒えた訳ではない。両腕に力を込めただけで、背中が貫くような痛みに襲われた。
 「痛っ!」
 「ほれ。無理をするでない」
 たしなめられ、また静かに猫娘は寝かされた。痛みに少し荒くなってしまった息を整える。
 「僕が鬼太郎さんを呼んできます!」
 シーサーが明るい声で名乗りを上げた。シーサーは嬉々として鬼太郎を迎えに部屋を離れた。
 「鬼太郎の奴、お前さんのあんな姿にすっかり傷心しておったぞ」
 目玉親父が子泣き爺の膝から猫娘の枕元まで飛び移った。猫娘の赤味の戻った頬に、小さな手を重ね、優しく撫でた。
 「お前さんが元気になったら、あ奴が一番喜ぶじゃろうさ」
 目玉親父の台詞が猫娘にはくすぐったい位に心地好かった。
 猫娘は咲(わら)った。




 容赦の無い鬼太郎の冷たい妖力に敵う者はそうそう居るものではない。一撃のもとに消滅させた妖等一顧だにせず、鬼太郎は踵を返し、アパートへ戻る為に歩き出した。
 たった今戦闘を終えたばかりとは思われない程さばさばした姿の鬼太郎は、葉擦れする木の影から赤茶色の跳ねるようにこちらに向かってくるシーサーを見付けた。
 「鬼太郎さぁん!」
 アパートに居た筈のシーサーが大きな声で鬼太郎を呼んでいる。鬼太郎は弾かれたようにシーサーに向かい、勢いのままに詰め寄った。
 身振り手振りで何事かをシーサーは話す。
 鬼太郎はそれを全て聴き終わる前に、飛ぶように走った。
 やっと笑顔が戻った鬼太郎は、妖怪アパートへ急いだのだった。





 ――意識が深い闇の底辺を彷徨っていた頃、猫娘はもうこのまま儚くなってもいいかな、と、諦めに似た心境で全てを遮断している己を感じていた。
 自分はあの時ちゃんとユメコを守れたのだ。鬼太郎の大切な夢を、守れたのだ。そのやり遂げた想いと共に消える事もいいのじゃないか。心が――穏やかで何ものにも囚われないまま、眠ってしまってもいいのじゃないか。そう、目も心も閉ざしかけていた猫娘の身体を、力強い何かが引き揚げた。
 遮断する事等、許さない――力強い熱は猫娘の壁を溶かす熱さで以って猫娘を掴み、導き、視界が仄かに明るくなった。
 「猫娘……猫娘……」と、祈りにも似た言霊のような囁きが猫娘の身体を包み、身体の芯のもっとも深い所に痺れるような活力が注ぎ込まれた。
 

 それは、知っているような力で。声で。
 浮上していく意識の中で、猫娘は光の中に溶け込むように見える隻眼を見た。
 

 あれは、鬼太郎だったのではないか。
 鬼太郎が自身の妖気を注ぎ込んでくれたのではないか。


 猫娘はそれを思い、鬼太郎が枕元に現れるまで、頬を染めて待った。

 <fin>

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プロフィール

runrun

Author:runrun
ノーマルカップリング大好物のオタク。
Q.E.D.~証明終了~(燈可奈)と鬼太郎を主軸に、好きな漫画やアニメ等のらくがきを描き散らしてます。
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